~あなたの心の安全地帯になれますように~
 

ケアルーム便りを追加しました

🌰ケアルーム便りNo. 146🍬
🥕振り返り編🍇
 台風24号が接近しています。皆さま、安全第一にすごされますように。9/19(土)に「ケアする人のためのケアを考える集い第45回」を終えました。今回は、「傷をみつめる」というテーマで主催者の体験を皆さまと分かち合いました。専門職として対象者さんと関わるなかで、「傷つく」場面は多々あります。その「傷」について、マインドフルネス(過小評価や過大評価せず)に捉えながら、その場面と自分を見つめることで自分自身への新たな気づきを得ることで「The wounded healer」(傷ついた癒し人)として歩むことの道標を見つけたいと思いお話させて頂きました。
1.私は、「何故、何に傷ついたのか?」
 「傷をみつめる」に際して、自分に何度も問いかけています。
その問いの結果、次のことがわかりました。
「何に」は、これまでのAさんの姿と豹変した姿のギャップに衝撃を受けたことです。日常のAさんからは想像できない姿でしたので、その姿を目の当たりにして、私の古傷が蘇った感覚になり、余計に傷を深めたとわかりました。
「何故」は、そのAさんの状況から、これまで信頼関係ができていたと思っていたが、それは、私の勘違い、独り善がりだったのか?そして、私のこれまでのAさんに対する看護の姿勢や行為が伝わっていなかったと感じたことだとわかりました。もっと平たくいうと、私の純粋な看護の思いや行為、私という人間を否定された気持ちになり、それが私自身の「今までの積み重ねは、いったい何だったのか?」という感じになりました。
2.信念体系 信条に気付くこと
・「私の今までの積み重ね」について、更に考えると、私の「信条」「価値観」たどり着きました。私の信条は「看護師、人として平等に人々の役に立ちたい」だと思いました。その思いを削がれた感覚になり、余計に傷を深めているとわかりました。
3.分かち合いを通して
①参加者の皆さまからは、対象者理解という視点においてもとても貴重なコメントを沢山頂きました。中でも「優しくされた履歴」という言葉が印象的でした。人は夫々に「優しくされた履歴」がそれぞれの形であります。対象者Aさんは、これまでの人生で他者から「優しくされた経験」があまり無い上に、年相応の認知機能の低下に伴い、理性も低下する、そのような背景を持つ人々への関わり方へのアドバイスも頂きました。
②訪問看護やその他のケアの現場で働く方々からは、施設安全性とバウンダリー(自他境界)の具体策として、態度面で自分の立場を強調すること、ハード面では防犯ブザーや防犯カメラを整備することなどのアドバイスを頂きました。
③「蜘蛛の糸」「風の谷のナウシカ」などの作品を想起してくださり、私の個人的経験と社会的現実の両方を考慮する視点、フェミニズムの観点からもコメントを頂きました。
4.まとめ
専門職として、人として対象者さんと関わる上で、「傷ついた」ことがあっても、その対象者さんとの関わりを回避できない場合も多々あるのが現実です。自分の傷を無かったことにせず、だけど「折り合い」をつける術が必要だと痛感しています。そのためには自分の中に沸き起こった「怒り、悔しさ、悲しみ」に対しての蓋を開けたり、閉じたりしながら自分を責めるのではなく、「みつめる」「問いかける」という作業必要です。時には「蓋をしないといられない」状況もあります。その時は、「意識的に蓋をする」つまり、「今は、蓋をすることで、自分を保っている」ということに自分で気付いていることが大切です。もう一つ大切なのは「マインドフルネス(過小評価、過大評価せず)」に見つめることだと思います。また、私の話を聴いてくださった参加者の皆さまの心にも色々な思いが沸き起こり、その思いを皆さまが「ありのまま」表現してくださったことがとても嬉しかったです。更に、皆様の心に「多様な重み」を残したのかもしれません。その「多様な重み」を紐解く作業をご一緒させて頂ける日がくることを願っております。
皆さま、ありがとうございました。
来月は対面開催となります!
~ケアする人のためのケア研究室~
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9月 26, 2026

Voice No.83~92を追加しました

〈Voice.84〉『肌にふれることは心に触れること』

最近、(株)ワミレスの大会がありモデルをさせて頂いた。この大会は、顔のお手入れからメイクの技術を競うもの。人々の「美と健康」を追求し、内面から輝けることをサポートするのが、この会社の理念のようだ。普段、オシャレ、ファッションとはあまり縁がなく、メイク💄もこだわっていないこの私がモデル😁。だいたい普段のカバンに唯一入っていないのがメイク道具。コスメ道具?の方が今風な表現かなぁ😆。モデルと選手は一心同体! 準備から終わりまでお互いに協力し合いながら参加する。私は親友のモデル。親友のスキルアップの為、人肌ぬいだぞぉ👌。お手入れの審査の時は、親友の指先から緊張が伝わってきた。手はとても暖かい。メイクは、スポットライトの下で、まるで女優みたいにメイクをされる!制限時間内に仕上げる。緊張とときめきの時間☺️。大会の終了式で、流れた映像に『肌に触れることは心に触れること』と字幕が映された。とても心に響いた。『なるほど、そうだよね❣️』。私は、これまで看護教員、看護師として歩む中で、「手はコミュニケーションの道具だよ。』と伝えながら大事にしてきた。その事を色々と思い返した。言葉が優しくても、 冷たい手でケアしたり、雑に更衣を介助すればそれは相手に全て伝わる。だから、私は不器用ながらもタッチングは大切にしている。エステシャン、メイキャップを専門のとする人々も、触れることを大切にしている!つまり、相手の人を大切にしているのだよね💕。ワミレスの人々は、相手の人を綺麗にして、癒す為に日々、メイク以外にも健康や芸術、心理など様々なことを学んでいる。そして、彼女達が内面から輝いている。ブランド化粧品をただ厚く塗りたくっただけのメイクとは違う。自分達の歩む道、仕事に誇りを持ち、ケアやメイクをすることに、喜び、楽しみを感じていることがオーラに出ている。素敵な人達だなぁといつも感心する☺️選手も若い人から、初老の人まで、大会に参加するのを見ていると何だか、こちらも胸が熱くなる。人々の内面からの美しさを引き出し、心と肌に潤いを与え、癒し、幸せな気持ちになるように、選手も会社も日々努力を惜しまない。その意気込みが伝わってくる。そういう姿は、美しいし、人の心に響くなぁ❣️ この大会は年に2回あるそうだ。しかし、コロナ禍で2年間開催中止を余儀なくされた。最初の緊急事態宣言が発令される前の大会開催の中止を決定された時、私は凄く感動した。自分達のことより選手、ギャラリーの安全を最優先したその英断。当たり前と思う人もいるかもしれない。でも、まだ国が何の方針も示さない中での決断だった。この会社は、 本当に、相手を守ってくれると思った☺️当時の中止の決断は、様々な関係者が断腸の思いだったろうなぁ、選手も含めて。その期間を経ての今回の開催は、関係者の皆さんにとって待ち望んでいた大会だった🌱徹底した感染対策のもと開催された。

ワミレスの皆さん、感動をありがとうございました‼️ 懐事情で😅商品購入にはさほど貢献できませんが、いつも応援しています📣 ワミレスの商品のおかげで、「肌がキレイ」と言われることが多くなったよ👏 興味がある人は、試してみてね😊。 あなたが、その手で誰かにまたは、あなたの大切な道具や機会に触れるとき、あなたの優しさ、熱意、誇りなどの思いは直接的間接的に相手に伝わる❣️そして、その姿はとっても美しく、相手の心を動かす。

「肌に触れることは心に触れること』は私を原点に立ち返らせ、お互いを思う気持ちの大切さを再認識してくれるVoice❗️ お互いの手をとおして、お互いを思う気持ちが伝わりますように🍀

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

 

〈Voice.85〉『離れていても応援しています📣』

これは、力を頂き我にかえれたVoice! 昨日は、修士論文発表会だった。大学院生活最後のイベント☺️ 前日から、自己リハーサルをしていたが 上手くいかなかった。制限時間を越えるし、言葉は上手く出てこず詰まる。そして、緊張ばかり増す。まるで「カミカミeverybody🤣?」教員なんだから大丈夫でしょ」と言われることがあるが、私、発表は本当に苦手!授業や指導するのと発表は違うのだ。授業や指導は、学生さんを巻き込み😁楽しみながらできる。学生さんとの相互交流が生まれる。発表は…。当時の朝、参加できない人から「お祈りしています」などのメールやLINEを頂きありがたい嬉しい気持ちになった。まさか、そのようなメッセージを頂けるとは思っていなかった。ずっと、私の研究に関心と暖かい眼差しを向けてくさる人々のメッセージは心に染みた🍀その気持ちを抱きながら、電車内で再度ブツブツリハーサル😆。だが、何やら不安と緊張が倍増し、ネガティブな思いばかりが頭を巡ってきた。どうしてこうなるのかなぁ。そんな時、FBの投稿にコメントが届いた。いつも、元気をくださるKさんからのコメント。思わず、今の状況と緊張を伝えた。くださったコメント内容とは無関係だったが。するとKさんは「離れていても応援していますよ!」と返信をくださった。そのメッセージをみて、嬉しくなり安堵しスーッと力が抜けた。「何をそんなに、張り詰めていたのだろう?」「私が伝えたいことは何だったかなぁ」と冷静になれた。すると「ストーリーだ!」と思った。「私の研究の中にあるたくさんのストーリー、メッセージを伝えることができればよい」と。そして、またブツブツ車内でリハーサル。 口角や顔の緊張がとれ、柔らかくなり 言葉がスムーズに出てきた!授業のペースを取り戻したかのようになった👏 。発表は、やはりとっても緊張したが、自分らしさを失わずにできた。聞いてくださっている先生、同期生、皆さんが 熱心で、頷いてくださった。その反応をみてまた力を頂いた。相互交流を体験できた!為になる質問や示唆を頂けた。 後から、「わかりやすかった」等と嬉しい言葉も沢山頂けた。 リサーチクエスチョンを抱き始めて10年以上が経つ。多くの人々の支え、お力添えを頂きながらここまで歩めたことに 感謝の気持ちで満たされている😊。

研究自体は、これからが正念場! 「看護師がスピリチュアルペインを抱え続けるプロセス」の分析から得られたことを微力ながらも社会に還元していきたい。「ケアに携わる人の為のケア」をライフワークとしていきたい。 皆さん、暖かいメッセージをありがとうございました! Kさん、応援ありがとうございました!おかげで、自分に立ち返ることができ、有意義な時間を頂きました‼️

離れていても、あなたを見守り応援してれる人は必ずいます!あなたも、誰かの そんな存在かもです🍀 互いに励まし合い、支え合える繋がりが 広がりますように❣️

今日も相変わらずなはずです‼️ 感謝です😊

 

〈Voice.86〉『輝く未来に祝福を!』

この言葉は、(株)ワミレスの大会における表彰の言葉。最後に読まれる部分だ。 大会のモデルになった日の表彰式で聞いた。その時は、この言葉とその響きは、 自分から遠いような感じだった。私の心は、大会で楽しんでいた反面、ウクライナのことや山谷で容態が良くない人のことなど気がかりが沢山あった🥺。 でも、その後の日常生活でその言葉がVoiceとなり頻繁に浮かんでくるようになっている。子供たちが無邪気に遊んでいる姿を見た時、太陽をみた時、老夫婦を見た時などなど。『輝く未来なんてあるのかなぁ』『輝かなくてもいいよね』と思ってみたり。その時々の心情によって自分の反応が違う。最近は、『いい声だなぁ』と感じる。そう、なんとなくその言葉を口にすると、ちょこっと前向きな明るい気持ちになる😊。『輝く未来に祝福、、いいじゃん!』っていう感じ。輝き方、光の放つ量は人それぞれ、千差万別。その人なりの輝きを大切にできればいいよね! 少し、落ち込んだ時、物事が上手く運ばない時、この明るい前向きな言葉を口ずさむだけでも気持ちがよくなるなぁ。モヤモヤが少し消えて開けてくる感じがする。世間で起きている事件の数々、ウクライナとロシア、北朝鮮のこと、日本の情勢などを思うと、この言葉はより遠くに感じてしまうなぁ。でも、そんなご時世だからこそ、この言葉を胸に秘め、色々な人々の未来に思いを馳せながら、できることをしていきたいなぁ🌱 今週は、モデルになりウキウキしたり、 山谷でお見送りがあったり、発表会で緊張したり心身ともに多くの情動に出会った日々だったなぁ☺️。

『輝く未来に祝福を』は、色々な人々の 未来に思いを馳せ、柔らかい光を感じさせてくれる心の支えとなるVoice❣️ あなたとあなたの大切な人々の輝く未来を互いに祝福できますように🍀 今日も山谷で青空ナース始動開始! 花粉症に負けずに頑張るぞぉ💪。

今日も相変わらずなはずです❣️ 感謝です🤗

 

〈Voice.87〉『三日坊主で…』  この声に時折出会う。皆さんは『三日坊主』をどのように感じているのかなぁ。大抵の場合、そのあとに続くことは 自分、相手を否定する言葉だと感じる。 「三日しか、、」、「三日も、、」と 「しか」と「も」では捉え方が180度違うよね! 私は「も」となる😊。「三日も続いたぞぉ〜。凄い凄い👏」となる。だって、誰が「三日じゃ足りない」「三日じゃ短い」とか、根気や継続力が無いって 決めたの⁉️。そもそも、継続力とは、何が基準で決められて、何で測るのかしら?あるトレーニングや何かを継続しようと決めて取り組むことは、素晴らしいなぁ。確かに最初の三日は、継続できるか否かの目安になる。社会生活、日常生活しながらあることを継続するのは、とても難しいと感じる。三日継続して、四日目に継続できそうになければ、その日は少し休んで翌日からまた再開すれば良いと思うよ😁だって、体調も、心情も自分を取り巻く状況も日々変化するでしょ。だから、それに合わせてその量や方法を柔軟に変化させながら細々続ければ、それが1週間、1か月と繋がるよね! 四日目にできなさそう、挫折しそうと思った時は、三日間継続した自分を見つめ直す、褒める、今後の継続方法を考える日にしても良いよね😉。

小休止の期間も人や状況によって違っていいし、 『三日間しか出来なかった。』と自分を蔑んだり、責めたりする気持ちやエネルギーを今後の継続について使えると、継続する気持ちがまた、湧いてくる。 そして、自分のことを『三日しかできない』と思い続けていると、相手の人にも その眼差しを向けるようになる。『あなた、三日坊主なの、、』と。三日間続けることは、そこに気力の維持、時間のやりくり、努力など沢山の素晴らしい要素があるなぁ。そして、何も三日じゃなくても1日、2日だっていいよね❗️。勿論、オリンピック選手のように日々、欠かすことなくトレーニングし続けるのも 素晴らしい。でも、あなたはあなたの方法で良いと思うよ。そして、『三日しか』と思えずに悩んでいる場合は、あなたがよければその思いを分けてね😌。

『三日坊主』は、自分と相手の力や価値観を新たに見つける入り口となるVoice. 『石の上にも三年』も同じような感じかなぁ😙。 あなたもお互いの秘めた力や新たな価値観を認めて、分かち合える人と巡り逢えますように🍀 英語の学習を細く長ーく続けたいなぁ🤣 。

今日も相変わらずでした❣️ 感謝です🤗

 

〈Voice.88〉『間に合わなかったなぁ』『せめて、清潔な下着と心地よいベッドを』

これは、初めて出会ったTさんに対する私の思いと声。急に食事が取れなくなり、衰弱してきていると、連絡が入り、仲間と訪ねた。訪問する前のTさんの情報は、お部屋が汚く、物が散乱した中で、兎に角ゴキブリが沢山。施設のスタッフが掃除をしても追いつかないと。過去にそのようなお宅は訪ねたこともあるから驚きはしなかった。ただ、様々な意味で心の準備をしながら向かった。息を呑むような思いでお部屋の扉を開けると、スタッフさんが頑張って掃除をしてくれた後で安堵した。小さなゴキちゃん、クモがいた。Tさんは、衣類や日用品が山積みになったベッド上の僅かなスペースに横たわっていた。痩せ細り、身体もジトジト、脈は弱くて頻脈。意思疎通は図れるがすぐに目を閉じる。血圧も、コロトコフ音がとても弱い💦。脱水と、循環血液量も不足かなぁ。早く点滴をした方がよい。そんな中でも、ボカリを一気飲みした。凄い力!救急車を呼ぶことを、ゼスチャーで力強いを振り絞り強く拒否した。その時の目力は凄かったなぁ。だが、「そう、長くはない、週明けまで、持つかなぁ」と感じた。もしかしたら、Tさんはここで自然に永眠することを望んでいるかな。翌日、保健師と訪問診療医師の訪問まで待つことにした。Tさんは、医師の点滴治療を頑なに拒否したと連絡が入った時、私は「やっぱり、、ならばせめて 最後まで時を清潔な下着で心地よいベッドで休んで欲しい」「どうして、もっと早くこのことに気づかなかったのか!」と言う思いになった。兎に角、時間が無い!急遽、訪問することに決めた。「痛いこと、辛いことはしないよ。」と。何か突き動かされるような思いになった。しかし、遅かった。その夜中、Tさんは永眠した。医師がきて対応したと。

トイレの前で倒れていたらしい。最後の力を振りぼったのかな。始発バスに乗り、向かう道中、『間に合わなかったなぁ』と涙が込み上げた。『もう、死んだTさんに何ができるの?』と自問自答。道中2時間は、いつもより長く感じた。生保の人が死亡した場合には 役所に連絡して葬祭業者が遺体を引き取りにくる。「せめて、お迎えにくるまでにベッドを整えよう」と。ベッドの上で寝ているTさんは、今にも話だしそうな感じだった。夜中、仲間がベッドまで運んでくれた。気持ちを込めてベッドに寝せだと、Tさんの様子から伝わってきた。仲間に敬意を感じた。Tさんに話しかけながら、仲間と片付け、清掃をした。人との関わりを示すものは皆無だった。競馬が好きだったらしい。「お馬さんが好きだったの?私、午年よ」と話しかけながら。仲間も嫌な顔一つせず、小さなゴキちゃん、クモ🕷を片付けてくれた。綺麗になった。アーチ型の部屋の窓から春の柔らかな光が差し込んでいた。部屋は、まるで小さな教会のようだったなぁ⛪️。お迎えが来るまで、1人、ロザリオの祈りを唱えた。葬祭業者のお迎えがきて、皆んなで車までTさんを運んだ。この人の命の運ばれ方なのかな。寂しい感じがした。Tさんが居なくなった部屋で、親友Kさんと 共に、最後にロザリオの祈りを捧げた。

Tさんが旅立ち、今日で丁度1週間。たった一度だけお会いしただけなのに 私の心に深く刻まれ、日毎に存在感が増す。不思議だなぁ😌。もしかしたら、その為に神様は巡り合わせくださったのかも。Tさんに対する思いは、みな私の一人相撲。Kさんの思いは、全く分からない。『せめて、清潔な下着と心地よいベッドで』は、Tさんが私に遺してくれたことだと思う。これからの私の礎となるだろう。ナイチンゲールも、マザーテレサも衛生面と心地よさは大切にしていた。

Tさん、ゆっくりお休みください。『間に合わなかったなぁ』と思いながら貴方のことは忘れません🍀ありがとう。

人との関わりは、時間の長さだけではなく深さも大切だね。 あなたにも、豊かな出会いがありますように🌱

今日も相変わらずでした❗️ 感謝です😊

 

〈Voice.89〉『先生ーと言わない人こそ気にかけてあげてね』

これは、20年以上も前に親友が私に言ってくれた心に沁みた言葉。 念願の専任教員になれた時に、親友Mさんがしみじみと私に言ってくれた🌱 『本当だなぁ☺️』と心底感心した。Mさんの日常から生まれた言葉だ。Mさんの子供Aくんは、発達障害で思いや考えを表現するのに努力を要する。先生に感謝の気持ちや自分の辛さを伝えるのに歯がゆい思いもしていた。Mさんは、愛情をたっぷり注ぎ、Aくんは明るく優しい子だ。そのMさんの子育て、療育を通して生まれた言葉なのだ。その時のMさんの慈愛に満ちた表情と語りの調子は、20年以上の時を経ても鮮明に私の記憶に残っている😊。そして、私の看護師として、教員としてのアイデンティティを形成する大切な信念となっている。常に「声無き声に出会いたい。耳を傾けたい」と願っている。私は、声を上げない学生さんに 自ら声をかけることを意識できたのはMさんのおかげ🍀。傾聴のボランティアや野宿の人々と関わらせて頂いている今も「声に出せない人は、どうしているだろう?」と思いを馳せる。何か言いたげな雰囲気の人に、気になる人に勇気を出してそして声をかける、アウトリーチの必要性を感じる。声に出せない、声にならない声に、敏感に気づいていきたい。 でも、無理に声に出させることはしたくないなぁ。だって、「声に出したく無い」、「声にならない」状況そのものが その人の声なのだもの😊。

ボディランゲージ、場の空気を含めて、人は全身が声を出す器官なのかもね! Mさん、貴女がくれた活きた言葉は、私の大切な信念となり、様々な声とで合わせてくれています❗️ありがとう😊。

あなたも、あなたの声にならない声と思いに寄り添ってくれる人と出会えますように❣️

今日も相変わらずでした❣️ 感謝です🤗

〈Voice.90〉 『それを乗り越えたら、新たな違う世界が見えますよ』

これは、大学院の先輩が言ってくださった言葉。暗中模索、試行錯誤の分析渦中でなかなか出口が見えないともがいていた時に、先輩が言って下さった。とても力を頂いた❗️。そのような経験をされたからこその、説得力のある言葉だなぁと感じた。でもなかなか直ぐには、言ってくださったことを実感出来なかった💦。そのような中で、その言葉を思いながら分析を続けた。次第に、光が見えてくるかのように新たな世界が見え始めてきた。そして、もう、新たなことを導きだすことが出来なくなり、何度データを見直しても同じ傾向の結果になった。『もうダメだ。思考がひろがらない』と思い、指導してくださっている方にその旨を伝えた。すると『それは、壁ではなく分析をしきったのです』と😌。ホッとしたなぁ。そして、「違う、新たな世界」が見えてきたよ✌️。先輩にお礼を伝えたとき、『新たな世界が見える殆ど、平さんは分析しきったのですね!』と言って下さった‼️嬉しかった❣️

〜見えてきた新たな違う世界〜  1.研究に関すること ①看護師のしなやかさと強さ  ②スピリチュアルペインを抱えながらも看護を探求し変容する姿 ③研究に関する新たな課題、不足 これらは、分析前にはわからなかった。仮説すら浮かばなかった😂 2.自分に関すること ①博士課程には進学できない。その能力もない。 ②今、博士課程に進学できたとしても 机上の空論を作ることになる。時期尚早であること。 入学した頃は、自分の実力に気づかず、博士課程への進学を希望していた😆調べる、分析は好き💕けど、論述は苦手😂。 このような新たな違う世界が見えた。 今後の歩む世界が、入学した頃に思い描いていたものと違う世界が見えてきた。ありがたい。とても爽やかな気持ち😊。

◯先輩、説得力があり、背中を押してくださるお言葉をありがとうございました❗️。お陰様で、自分らしい、新たな世界を歩んで行けそうです。

あなたが霧の中に迷い込んだときに、 光をめざすような背中を押してくれる人、言葉と出会えますように🌸。今日も相変わらずでした❗️ 感謝です🤗

 

〈Voice.91〉『おめでとう㊗️頑張りましたね😊』

今日、大学院を修了した。濃密な4年間だったなぁ。周囲の人々と互いに『おめでとう㊗️』と喜び会うことができて感謝。『頑張りましたね』の言葉も沢山頂いた。嬉しくて、嬉しくて晴れやかな気持ち。昨日は、とっても悲しい事があったので卒業式に参列するのを躊躇していた。 向かう道中、満開の桜を見ても気持ちは沈んでいた。涙がこみあげてきた。でも、式に参加し仲間と周囲の晴れやかな姿と4年間のことを思い巡らしていたら、自然と嬉しくなり『喜んでいい』と思えるようになった。ありがたいなぁと。4年前の入学式も桜が満開だった🌸あの日から、今日まで沢山の出会いがあり、刺激を受け、新たなチャレンジをできたこの貴重な道のりは、永久の宝物。「他者の為に、他者とともに」を大切に歩んでいきたい😌 今日の私、チョコっとだけ格好良いかも‼️

働きながら、通信大学を足掛け12年かかり卒業して51歳で大学院生、55歳卒業。格好良いね、我ながら😃✌️ 。沢山の人々に励まし、勇気、支え、エールを頂きながら歩めました。ありがとうございました‼️そして、小さなスタートラインに立てたかな。

『おめでとう㊗️頑張りましたね』はこれからの私を支えてくれる大切なVoice!

あなたも、労いと祝福の言葉を互いに伝えあう素晴らしい人々と出会えますように🍀

今日も相変わらずです❗️ 感謝です🤗

 

〈Voice.92〉『小さなことにもたくさんの愛をこめて』

これはマザーテレサの言葉。私にとってとっても大切な言葉。「愛」というのがこそばゆい感じがするので「たくさんの思い」などと置き換える場合もあるなぁ😊。そして、今さらにこの言葉をより心に刻み、その思いを新たにしている。そのような思いになれているのは、皆様の お陰です❣️〈Voice91〉は、今までで一番皆様からのアクションが多かった😊。 それだけの人々が、私の卒業を祝福してくださり、見守っていて支えてくださっていることを実感できうれしいなぁ。皆様の暖かい眼差しが嬉しくて、嬉しくて☺️。このような幸せを頂いている私。だからこれからの人生は、丁寧に生きていきたい。 多くのこと、ビッグなことは難しいけど、一つ一つのことを丁寧に取り組み、お一人お一人の方々と丁寧に、そしてたくさんの愛や思いを込めて関わらせて頂きたい。小さな細やかなことを大切にして、暖かい眼差しを持っていきたい。 完全無欠ではなく不完全多欠な私にできることを積み重ねていきたい🍀。そして、小さくて、微力ながらも社会に貢献していけたらいいなぁ💕

FBをお読みくださっている皆様、本当にありがとうございます。皆様の暖かい眼差しとVoiceが私の原動力と支えになっています。ありがとうございます‼️

『小さなことにもたくさんの愛を込めて』は、暖かい眼差しをむけるようになる大切なVoice. あなたにも沢山の暖かい眼差しが柔らかく向けられますように🌸。

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

2026年9月現在VoiceNo.375 です

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9月 12, 2026

Voice No.72 ~83を追加しました

〈Voice.72〉『せんたくもの👔』

これには、音声はない。アルツハイマーだった義母がグループホームへの入居がきまり、施設に行く日のことだった。私は、所用で同行出来なかった。夫が連れて行った。帰宅すると、洗濯物がたたんであった!義母のたたみ方だった。徘徊や様々な周辺症状もあり、落ち着かない日々だったので、洗濯物がたたんであるのに驚いた❗️夫の話しだと、その日、グループホームに行く前の義母はとても静かで、何かを悟ったかのように、黙々と洗濯物を畳み出したらしい。私の下着までたたんであった🤭  たたんである洗濯物をみて、当時の私は複雑な思いになった。『本当にこれで良かったのかなぁ。』『一緒に暮らしたほうが、、』などなど、後悔やら詫びるような気持ちが錯綜したのを覚えている。義母はどんな思いで、たたんでくれたのかなぁ。今でも、時々、思いを馳せそして今になって『きちんと、たたみなさいよ』『誰の下着かしらねぇ』などと 何だか義母の穏やかな声が囁いているような気がする。もうだいぶ時が経つのになぁ☺️お義母さん、洗濯物をたたんでくれて ありがとう。実は私は洗濯物を干すのは大好き💕でも、、たたむのはちょっとー🤣「面倒くさいですぅ〜😆お許しくださいませね!」 グループホームに行く日の義母は、しおらしかった。しかし!ホームで最新の夜は「帰る帰る」と枕を抱えてウロウロ。 若い男性介護士さんが優しく手をひこうとしたら、「何すんだよ!このバカ!」と介護士の手をピシャッ❗️と。かなり激しい様子だったらしい😃 どちらも義母の姿だよなぁ。

今でもたまに、洗濯物をたたみながら義母の当時の声にならなかった思いを想像する。柔らかい、ふわりとした心地になる。ありがたいなぁ🥰 お義母さん、ありがとう。

コロナ禍もおちつきませんが、あなたも 柔らかい、ふわりとした心地になれますように。

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

〈Voice.73〉『その為に、プロがいるのよ、だからいいの』

これは、かつて友人が言ってくれた言葉。義母のことであれこれ戸惑い、悩んでいた。施設には自分がナースであることを伏せていた。それは、6年間言わずにいた。私は家族でありたかったし、施設の職員の方々を信頼していた。義母は病状が進行し、車椅子レベルになった時に特養を勧められた。その理由も充分理解できた。しかし、義母はグループホームで穏やかににこやかに過ごすようになり、職員の方々、同じ認知症の方々からとても可愛がって頂いていた。心から安堵しているようだった。当時は、義母のことであれこれ悩む自分、戸惑う自分に違和感があり、嫌になっていた。「自分も看護師なのに、なんで冷静になれないのかなぁ😔」と。そのことを友人に伝えたら、サラリと『いいのよ。悩んで、家族なんだから。その為にプロがいるのでしょう』と言ってくれた。すごく、視界が開けたような、胸のつかえがスッと無くなった感覚を今でも覚えている❣️ 本当に心が救われたなぁ☺️。お陰で、悩みや戸惑いを正直に、施設の人に伝えられた。義母は、最期までそこで過ごすことができた。延命措置の選択の確認をされたとき、とても複雑だった。苦しい思いはさせたくない。でも、「寝たきりで延命することは、どうなのかな。目も開けなくなっていた。それで、延命、、肺炎になったら苦しいだろうし、」その 思いを伝えたら、施設長が「苦痛だけは 取り除くようにしましょう。苦しそうであれば吸引もしますし、苦痛に対処して 延命はしない選択もありますよ」と。この施設長の助言が、また私と夫の心を救ってくれた❗️お陰で、義母は寝たきりになったが、肺炎も床ずれもなかった。亡くなる2日前に、私が作った黒胡麻ムースを食べてくれた☺️。そして、眠るように旅立った。その顔も穏やかだった。そして、施設で暮らした義母の写真はどの場面も笑顔だった。それが、遺された私達のその後の救いで、今でも変わらない。毎週、面会に通って車椅子で散歩をしたり、色々とさせて貰ったなぁ。 友人、施設長の言葉に救われた。そして 私は、家族の病状で悩むナース、友人に 『いいんだよ。家族だもん。その為にプロがいるのよね』と伝えている。 義母には、嫁と認識されていなかったが😅家族に徹していられたことは、幸せだったなぁ。 優しく微笑んでいる義母の遺影に癒されている。 友人のYさん、施設長さんご無沙汰していますが私の心を救ってくださり、本当にありがとうございます。感謝の思いしかありません。

あなたも心救われる言葉や人に出会えますように🍀

今日も相変わらずでした‼️ 感情です🤗

 

〈Voice. 74〉『あなた達がいなくなったら、どうにかなってしまうよ』

これは、昔、小学生の時に母が言った言葉。近所の年上のY君が、突然行方不明になった。Y君は、今でいうと軽度の知的障害があったようだ。とても、おとなしい、優しく、真面目な性格だった。 当時は、インターネット、携帯電話も無い昭和のまあ良き時代だったかなぁ😊。ご近所のみんな、家族総出で、お巡りさんや、学校関係者とY君を探し回った。 皆、Y君の特性を知っていたから、尚更、心配して懸命に探した。私は、母と一緒に、林や畑、河岸などを探し歩いたのを覚えている。その時に、母は『もし、あなた達がこんな風にいなくなったら、お母さん、気が狂ってどうにかなってしまいそう』と言った。私はとても意外に感じて、内心、びっくりしたのを今でも覚えている。当時の私は、母がとても厳しかったので、子ども心に母に嫌われていると、頭の良い兄の方が好きなんだ🥺と思っていた。

Y君をさがしながら、母の言葉がだんだん、心を占めて嬉しくなったし、「お母さん、私のこと嫌いじゃなかった」と思え、何だか満たされたような?感じだった。Y君は、無事に見つかった。母は、「おかえり、良かった!それだけでいいのよ!」と言っていた。皆は「良く帰ってきたね。お腹すいたでしょう。頑張ったね」などとY君を労い暖かく迎えていた。本当に、みんな、暖かいなぁ。その後、Y君のお父さんが、一軒一軒の家に、お礼周りをし、私の家にもきた。Y君とお父さんは、良く似ている。顔を赤らめ、涙を浮かべながら、嬉しそうなY君のお父さんの顔は、今でも覚えている🤗

その時の母の言葉と思いは、その後の私のアイデンティティをしっかりとした ものにしてくれた。それは、「私には帰る場所がある」「何があっても、迎えいれてくれる人がいる」という、安全地帯と帰属できる場所となり、信頼と絆を教えてくれ、今でも変わらない🍀。それは、私が社会人になり、大きな挫折と過ちをして、心身ともにボロボロになったときに、迎えいれ、労い、支えてくれた。ありがたいなぁとつくづく思う。母の言葉は、拉致被害者の家族、誘拐事件などをテレビ📺で見るたびに心の中で囁くVoiceとなり、被害者の人々の気持ちに思いを馳せる。 そして、中学生の時、人気者、お調子者ねS君がプチ家出をした🤣またまた、皆で探し周り、当時、S君の親友の冴えないM君が必死で探し、S君を見つけた!みんなで「M君、さすが‼️」となり、ふだん冴えないM君が一時、ヒーローみたいになったなぁ😃今、2人とも 地元で家業を継いで、立派にやっているみたい👏

母の言葉は、大海原のような愛情と信頼を、ご近所さんからは、人々との助け合いの大切さと暖かさを教えて貰った。 私もこのような助け合い、支え合いが できるようになりたいなぁ☺️

あなたも帰る場所、人の懐と巡りあえますように。もしかしたら、あなた自身がだれかが安心してかえる懐のような存在かもしれません❣️ 暖かい、大切な経験と思い出に感謝をこめて🥰

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

 

〈Voice.75〉『同じ土俵に乗らなくて良かった』

その① これは、親友のKさんが私に言ってくれたこと。 関わっていたTさんが、ある宗教に入信はした。その宗教の人が私に会いたいと毎日メールで伝えてきて困っていた。会うつもりは無いとTさんから伝えても、無駄だったのではっきり、お断りする必要があり、その宗教の人と会った。その宗教は、しつこい勧誘で有名だった。また、最近、駅などでの勧誘も盛んにしている。私は会う前に、次のことを決めていた。①相手の宗教を否定しない②自分の宗教をはっきり伝える③信仰上の話教典などの話しには乗らない。 私「あなた方の宗教には入りません。 私は信仰を持っています。今日はそのことをはっきりお伝えしようと思い来ました。あなた方の宗教を否定はしません。 お話は聞く必要はありません。」と伝えた。宗教の人「えーそうなんですか。 何の宗教ですか?」と怪訝な顔になった。私「キリスト者です。」と応えた。 すると宗教の人は「神って居ないですよね!わかってます?今、中国が大変な事になっているんですよ、私たちの、」 私「いえ、お話は聞きません。政治的なことは別問題です」と言ったが、なお話しを続けようとした。隣りにいた親友Kさんと「これ以上は聞きません。失礼します」と言って、その場を去った。大声で「人の話しも聞かずに、逃げるのー!」と、背中に受けたような感じだった。心の中で、『逃げるが勝ち!』と 去った。しかし、心の中は、不全感とモヤモヤが残りながらも『神様は私の心にいる』と強く思った。

相手の人達の印象は、嫌な粘着気質だった。モヤモヤしていたが、親友のKさんの「同じ土俵に乗らなくて良かったです」の言葉に救われた思いだった☺️信仰と学問を積み重ね、日々修練しているKさんからの言葉は心に響き、納得できた!

では、「同じ土俵に乗る」というのはどういう状態なのかなぁと振り返った。 それは、「神は居ない」と言われ、身体が震え、怒りが込みあげてきた時に、感情に任せて、相手に対抗した時をいうのだろう。もし、そうしていたら、言いたいことは、言えたかもしれないが、建設的な展開にはならず、醜いバトルになったと思う。「同じ土俵に乗らない」ことの意味深さを実感した出来事だった。その時は、身体の震え、動悸、怒り、胃はキリキリ、交感神経が活性化しアドレナリンは大放出状態が暫く続いた。もし、あなたが同じような場面に遭遇した時はどうするかなぁ。例えば、「言いたいことが言えなかった、情けない」などと自分を蔑む必要はないよね。あなたは、充分自分と闘ったんだよね。 私は、この時「キリスト者です」と言えたこと、相手の宗教を否定せずにおれたこと、感情的にならずにいれた自分を 嬉しく、誇りに感じる。これも、神様からのお恵みだなぁと。

だってね、宗教間で争ったり、互いに否定し合うことを神様は望んでいないと思うの。対話を望んでいると思うの🥰だから、対話という形で「同じ土俵に乗りたいなぁ」🍀 そして「同じ土俵に乗らなくて良い」と言うことは、自分の感情をありのまま捉えることに導いてくれることに気づかせてもらった、貴重なVoice☺️ 今は、Kさんとこのような体験をさせて下さった神様に感謝!でも、あの宗教の人たちには、もう会いたくないなぁ😅

あなたも、修羅場のような場面で救いとなる声に出会えますように🌸

今日も相変わらずでした❗️ 感謝です🤗 皆様、明日は足もとに気をつけてくださいませ💕

 

〈Voice.76〉 『同じ土俵に乗らない②』

毎月のグループ研修に参加した時の こと。研修が終了し、片付けをしていた時だった。リーダーが私の所にきた。 私の胸にあるマリア様のメダイをいきなり手に取った。あっけに取られていたら その人は、私に「私は聖公会、マリア様はただの女」と言い、ふふっと笑い立ち去った。私は、「そうですか」としか言えなかった😔。きっと余りにも突然で 驚いたのだろう。そして、帰り道中、段々と腹立たしくなり、胃がキリキリ、身体が熱くなるのを感じ、悲しくもなった。大好きで、憧れていて、尊敬する マリア様を侮辱された悔しさ、何度も言えずやりきれない思いになった🥺。でも、バトルにならなくて良かったとも 思った。だって、イエス様もマリア様も そんなこと望んでいないと知っているから。それにこのような思いは、イエス様、マリア様も沢山されたと。悔しさ、悲しさ、怒りは親友にメールで伝えた。 親友も、バトルにならなかったことを良かったと。私は、これからもきっとこのような事はあるだろうなぁと思った🍀。

これは、自分の信仰が試されているのだとも思う。正直なところ、私には、聖公会、◯✖️会などの教派はよく分からない😂シンプルにイエス様、マリア様を信じて、聖書と祈りから沢山の日々の糧を頂いているカトリックのキリスト者なのだ。しかし、「タダの女」って、どう言うこと⁉️マリア様にも、世の中の女性に対しても失礼だよなぁ😤その人だって女性なんだよー😳暫くしてから「あっ、私、同じ土俵に乗らなかったんだ」と気づいた(鈍感だよね😙) 「同じ土俵に乗らない」って、やっぱり 自分の吹き出しそうな思い、マグマのような思いを押し殺すような感覚になるなぁ。でも、堪えることができたのも、お恵みなのだなぁ。 でも、これがマリア様では無く、私の大切な家族や親友、恩師に対して侮辱されたら、短気で導火線が短い私は火花を散らすかもしれない🙃。その自分もちゃんと心の中にいることを自覚しておきたいな。

今も月に一度は、その人と顔を合わせる。何ごとも無かったかのように。 バカボンのパパのように「それで良いのだ」 こんな声、あんな声に出会いながら生きていることを実感できているよ☺️

でも、あなたにはこのような声では無く、暖かい、優しい、沢山の声に出会って欲しい🥰お互いに暖かい、優しい声を掛け合う存在になれますように💕 皆様、明日も足もとに気をつけてくださいますように☺️ 今日も相変わらずでした❣️ 感謝です🤗

 

〈Voice.77〉『皆に心配かけたくない』

これは、介護福祉士養成校の教員になってまもない頃に、聴いたVoice.高卒の女子学生Aさんが、言った。Aさんは、いつもお化粧バッチリ、つけまつ毛(エクステと言うらしい😂)で、瞳もパッチリ!時折、ミニスカと編みタイツで周囲の注目を集めていた。「編みタイツの子」と言われていた☺️。18歳のAさんは、おじ様、大人の男性の心を掴むのも 上手!「◯◯せんせーい❣️」「◯◯理事長〜💕」と手をやや下から斜めに、にこやかに振りながら、呼びかける。 「流石だなぁ!私には絶対にできない🙃」といつも感心していたよ。だが、困ったことに、学習は・・・😅詳細は忘れたが、何やら問題となり私が面談することに。同時、37歳の私。それを知ると「ウチのママと同じ年!」と。「あらっ!大変!😊」と笑ったのを覚えている。面接を始め、Aさんから語られたのは派手で艶やかなメイク💄とは真逆の色調の出来事だった。家では居場所が無く、色々な悩み、悲しみを泣きながら話した。Aさんの涙は、マスカラやアイラインの色が混ざっていた。その度に ファンデーションケースの鏡で、顔を直す、また涙で崩れるの繰り返し。ティッシュを渡しながら「思い切り泣いていいよ。」と伝えるとAさんは、「こんなボロボロの姿、皆に見せられない、皆に心配かけたくない」と泣き笑いしながら鏡を覗きこんでいた。周囲への気遣い、必死な姿に健気だなぁと思った。父親に「身体を売って学費を稼げ」と言われていたり、色々あり、Aさんの心の支えは彼氏だった。私自身が18歳の時には、想像もつかない世界にAさんはいた。Aさんのメイクや様相は悲しみ、辛さをカバーする役割を担っていたのだ。当時は、学生さんが多様な問題を抱えていて、面接時はティッシュBoxを持参していたなぁ。 学内なAさんの友達の可愛いBさんも 「先生、ウチのオヤジも身体売れっていうよ」とケラケラしながら言った。私は、思わず「なんてこと言うの!オヤジ、呼んできて😡!」と言ったのを覚えている。AさんもBさんも、学習に身が入らないだけで、頭の回転も良く、賢い学生さんだった。その後、しばらくして2人とも退学した😔。残念だったなぁ。

2人とも、学習すれば、資格もとれきっと、人の痛みを感じられ、明るく気の利いた介護福祉士になっていたと思う。その後も、似たような学生さんに出会うたび、街中でバッチリ👌メイクをした女子高校生をみると、「彼女たちは 内面に何を抱えているのかなぁ?」と思いながらAさん、Bさんのことを思い出す。周囲の大人である私達、そのような若い人に暖かい眼差しを向けていきたいなぁ。あれから、約20年が経つ。今ごろあの2人の学生さんはどうしているかなぁ。ママになったな?どんな道を歩んでいるのかな?

Aさん、Bさん、貴女達は周囲に配慮できる、そして我慢強い女性です。貴女達との出会いは、私の視界を広げてくれ、人の内面に思いを馳せるきっかけをくれました。外見のみで人を判断しないことの大切さに気づかせてくれました!ありがとうございます。私は、ずっと貴女達のことを覚えていますよ😊元気でいていてくれたら、嬉しいなぁ😃

あなたの内面の悲しみ、苦しみに気づき思いを馳せてくれる人に巡り合えますように。

今日も相変わらずです❣️ 感謝です🤗

 

〈Voice.78〉『大丈夫です。不利益は被らせません!』

これは、4年前の2/16に、私の気持ちを救ってくれた大切なVoice!4年前のその日は、大学院の入試、一次試験の日だった。私の家から四ツ谷のキャンパスまで約90分以上かかる。私は、前日の朝に入試のリハーサルをして、電車に乗りキャンパスまで行き混雑具合、トイレ等色々と確認した。そして、翌朝、最寄り駅に早めに着いた。駅は、人だかりで皆がウロウロ。その日は、高校受験日でもあった。人身事故が発生したばかりだった。最寄り駅まで、バスで30分弱かかる。その間に事故が起きたのだった。路線バスで別の駅に行き、別の路線に乗り換えたが、バスは渋滞にハマり、別路線の電車に乗れたが、トラブルで急行列車が各駅停車のスピードになっていた😣。その上、電車は超満員でキュウキュウ。汗だく💦になり、揺られていた。試験開始時間は過ぎていた。絶望感に襲われたなぁ。色々と思いめぐらしていた。一年前から、社会人向けの大学院受験対策予備校に仕事の合間に通って準備したこと。予備校からは、宗教学の対策をできる講師はいないので、指導は無理と言われたなぁ。でも、専門科目以外の小論文と英語だけ見て欲しいと食い下がった。違う分野の先生方が、私の小論文を読み、意味内容が通じなければ その小論文は提出する意味が無いし、受験をクリアする内容に至らないと伝え、指導を懇願したこと。原因不明の痛みに襲われながら、受験対策したことなどが 頭を巡り、これで受験出来なかったら? などと考えていた。  ようやく、四ツ谷について、キャンパス、教室まで走った。痛みと、動悸で思うように走れない🤣でも、走った!教室が見えたが、息が続かず、、すると、入試担当の方が駆け寄ってきてくださった。私は、息ぎれで声がなかなか出ず、状況を伝えるのが困難だった。その方は、「電車の事故ですよね。お疲れ様でした。大丈夫です!試験は受けれます。不利益は被らせません!」とはっきり言って下さった。とても安堵し、救われる思いと嬉しさで身体が震えたのを覚えている。だいぶ遅れて試験を開始したが、全て受験できた!試験中に、汗が冷えて寒気がしたが💦安心して受験できた。受験生として守られていると感じた。試験の手応えは五分五分だった。その時、「受かるまで受験する!」と決心できた。それは、安心して受験できたからだった。55歳までは、受かるまでチャレンジしようと😊。青天の霹靂か?無事に入学できた。

私に救いの言葉をかけて くださった方は、研究科の事務職員の方だった。その方は、仕事として当たり前のことだったかもしれない。でも、私にとってはその後、学習、研究をしていくなかで「大学が学びを保証し、守ってくれる」と思え、安心感を得られた大事な出来事であり、言葉だった。毎年、受験日になると必ず思いだす😊。早いなぁ。あれから4年経った。お陰で、私は沢山の素晴らしい先生方、先輩方、仲間、書物、信仰と出会い、何にも変えられない時間を過ごすことができた。55歳で卒業できそうだ。

ただ、4年前のその日は、理由はわからないが1人の人が自ら命を絶ったのも事実。私は、そのことよりも、自分が受験できるか否かしか考えていなかったのだ。人身事故と言う出来事があったから、私は救われるような言葉を言って頂いたのだ。これからは、その日に亡くなった人に思いを馳せていきたい。何処の誰なのか、どんな人かわからないけれど。 研究科事務の方、本当にありがとうございました!

あなたが窮地に立たされた時に、救いの言葉や出来事に出会えますように🍀あなたも誰かの窮地を無意識に救っているメシアのような存在かもです🥰

今日も相変わらずでした❣️ 感謝です🤗

1月〜2月受験や様々な検定試験なども 多い時期。受験生の皆様に暖かい、希望に満ちた春🌸が来ますように☺️

 

〈Voice.79〉『No problem! You are positive❗️😊』

これはとっても嬉しいVoice! 大学院1年生の秋学期だった。兎に角、英語に自信がなく、英語をちゃんと学びたいと思い、学部の英語の授業を受ける手続きをした。研究科学科主任教授、研究指導担当教授の許可を得て書類を教務課に提出した。授業初回から、目が点🤣。辞書は使用禁止で、外国人女性の先生が明るく英語のゲームやトピックスをふんだんに使いながらの授業😂。周囲は1年生の若人ばかり。学部生さんのお母さんより 年上な私?。楽しい感じであった。それも束の間、教務課から呼び出しがあった。訪ねると大学院生の私は、この英語の授業を受けれないとのこと。要するに、この授業は基礎共通科目で、院生である私は授業内容をクリアしていて当然という前提だった。「ちゃんと手続きを踏んで受けている。許可したのは大学の方なので、何とかして欲しい」と食い下がった。教務課の人は、「こちらの確認ミスですいません💦。言語学センターの授業なら受けれますよ」と言った。 私にとって、言語学センターの授業はハードルが高いと思っていた。その旨を伝え、さらに食い下がった💪。すると、教務課の人は、気まずそうに「すいません💦こちらでは許可できません。あとは授業を担当している先生にご相談ください」と。当時は、コロナも全くなく、当たり前に教室で授業だった。心の中で 「やったぁー!先生に直談判!潜りで授業に参加できるかも✌️」と期待を胸に教務課を去った。が、しかし、、 先生は日本語を喋れない。つまり、英語で伝える⁉️やるしかない!発音もからっきしダメ🙅‍♀️。ノートに書いた。「I can’t participate this class because University don’t permit me. I am a graduate student. I am weak English so I want to learn English your class」 当時は、これを伝えるだけでもど緊張と 不安に襲われる状況だった。何度も読む練習をした。授業の課題よりも、こちらが大切だった😣。そして、先生の前に行き話そうとしたが、緊張、結局ノートを棒読みし、先生にノートを見せた😭。 すると先生は、優しく微笑んで「OK! No problem! You are positive. good👍」と言ってくださった。あまりにも 素敵で嬉しくてチョー感動したよ😙それから先生は「Do you need a credit?」と、「credit?💦 No!I only want to be able to read and write English!」と辿々しく答えた。先生は「Very good!」と握手をしてくださった。そして、潜りで授業を受けられた。

英語のある日は、午前中、英語の授業、午後は非常勤の仕事、夜に大学院の授業とハードだった。そして課題についていくのも大変、遅れて提出してもみてくださり、メールでも受け付けてくださった!だから、私は頑張れた。私は「Can I use English dictionary?」と。先生は「OK! No problem!😊」と。周囲の学生さんにそのことを伝えたら、皆「大丈夫だよ、辞書は持ち込まないけど、これがあるから😁」とスマートフォンを使用していた。私はまだガラ携帯📱でした。そして、若い人たちに大いに助けて頂き、迷惑をかけながらもエネルギーを頂きながら授業に参加できた。英語に関しては、4年間、同じ研究科の仲間の皆様にも沢山教えて頂き、協力していただいた。メールのやり取りを英語、英語で手紙を書いてみる。英語の文献の読み合わせなどなど。英語の先生と皆さんには、感謝してもしきれない。おかげで、その後も 英語の学習、トレーニングは継続できている。

実は「credit」は「単位」と当時は分からず、頭の中で「クレジットカード?でもカードって言わなかったよね」と大混乱していた🤭近くにいた学生さんが助け舟をだしてくれた。ここだけの話😃。今は、聖書、本、簡単な記事も読めるようになりつつあり、楽しい。先生の言葉は、その後、英語で躓きそうになるたびに、私を励まし背中を押してくれている大切なVoice。年のせいにして、図々しく攻め入ったのを優しく受けてくださった先生。私も先生のような人になりいなぁ🥰 先生、皆さん、本当にありがとうございます!英語はずっと学んでいきます。

あなたが、何か壁に遭遇した時に「No problem!」と受け入れてくれる人に出会えますように🌱🌷

今日も相変わらずでした❣️ 感謝です😊

 

〈Voice.80〉『間違ったら相手が正してくれますよ!』

これも、私に勇気をくれ、背中を押してくれた大切で嬉しいVoice❣️ 学部の英語の授業は、グループで課題に取り組むことが多かった。英語を話すことに、極度の緊張と不安を感じていた。良く一緒になる学生さんは、とても自然に楽しそうに英語を話していた😊。ある時、「海外で生活されていたのですか?」と訪ねた。すると「全然、行ったこともないっすよ」とサラリと答えた。実は、私も海外は一度も行ったことがない💦。日本も本土を離れたのは3度だけ😅。思わず「どーして、そんなに話せるのですか?」と聞いた。すると、「英語は好きで、兎に角、英語を口にする。喋ってみる!間違ったら、相手が正してくれるから気にせず喋ってた」と答えた。目から鱗!「相手が正してくれる?」と聞き返したら「そうっすよ。だから、気にせずに声に出しまくっていいですよ」と。なんとまぁ!素晴らしい‼️「間違えたら恥ずかしい」「間違えたらどうしよう」などばかり思い巡らせていた私の頭に、冷たい🧊氷水をかけられたように目が覚める思いだった。

相手を信じ、臆することなく声にだす。しかも、姿勢も爽やかだ🥰。それから、私も少しずつ英語を口にするようになれた。間違えてもドンマイ!単語が浮かばないことも多々あったけど😂声に出せない時は、紙に書いて提示したり、正直に助けを求めた。すると、「実は、私も英語苦手なの」と言ってくれる人も出てきて、安心したなぁ。その時から今でもその学生さんが言ってくれた言葉は、私の背中を押してくれ続けている。外人さんを見る度に、また知り合いの外人さんと会話をしようとする度に思いだす。『間違ったら、相手が正してくれる!』素晴らしい‼️。相手を信頼し尊重しているからそう思えるのだろう。 その学生さんは、私に言ったことなど忘れているかもしれないなぁ😃。でも、私の心にしっかり刻まれているよ!ありがたいなぁ。この春に卒業されるのかなぁ。息子になってほしい位、明るく、爽やかな、素直な青年だ😊

英語の臆病風にかかっていた私に勇気をくださり、背中を押してくださりありがとうございます❗️ 私も、誰かの背中を押せるような人になりたいな☺️ 私は様々な声に助けて頂いきながら、生きている。幸せだなぁ🥰

あなたも、勇気をくれ、背中を押してくれる人と巡り会えますように❗️

今日も相変わらずでした❣️ 感謝です🌱😊

 

〈Voice.81〉『何かあれば、お手伝いしますよ😊』

これは、私にとって嬉しく暖かい気持ちにさせてくれたVoice! 野宿生活をしているIさんは、一見すると野宿の人に見えない。身綺麗でなかなかおしゃれ。Iさんを最初に見かけたのは去年の夏だった。サングラスに短パン、上半身裸で、颯爽と拾い集めた空き缶を肩に担いで川沿いを歩いていた。その姿は、まるでサーファーのようだった。やや強面に感じ、私達、仲間の間では「サーファーの人」と読んでいた。 Iさんのテント、周辺は生活の工夫や 空き缶拾いを生業としているこだわりに あふれていた。声をかけられず月日がながれた。ある冬の日、いつも声をかけている初老の男性と笑談している人がいた。色々なことを教えてくださり、まさか野宿とは思っていなかった。「どちらからお見えですか?」と尋ねたら、例のテントの人だとわかり、思わず「サーファーの人!」と言ってしまった😂。するとにっこり笑って「良く言われます」と。私達は、声を掛けたくても、掛けられなかった理由を伝えた。すると「大丈夫ですよ。いつでもどうぞ」と言って下さった😊。それから、声をかけられるようになった。Iさんは、私に「皆、路上の人は色々な人がいる。本当は、声をかけてほしいのに、真逆の態度をとる人もいるよ」と。私は、野宿の人に声をかけるのは勇気がいること等を話した。するとIさんは、優しく微笑んで『何かあればお手伝いしますよ。俺でよければ。 色々な人がいるから、平さん達が疲れないように・・・』と言ってくださった❗️とっても嬉しく😍これまで活動を続けてきたことが報われたような思いにもなった。心が暖かくなった。

私達が行っているご飯配りも巡回看護も様々な人々が支えてくださり、成り立っている。元野宿の人が、ご飯配りの準備や配るのに参加してくださっている。そして、街中を周り誰の支援も届いていない野宿の人の情報を集めて伝えてくださる。当事者目線で大切なことを色々と 教えてくださる。私が巡回看護で野宿の人のお話を聴いたり、ケアしている間、少し離れた所で待機してくれるスタッフがいる。大人数で、野宿の人にプレッシャーを与え無いようにとの配慮から、支援物資と携え待機してくれている。暑い😵中でも、寒く中でも。時には、病院同行もしてくれる。野宿生活に使えそうなアイテムを手作りしてくれる。そして、対応困難な状況になると、親戚の方を呼んででも一緒に対応してくれる。野宿経験者と私達スタッフのチームは、最強だと思う😊。

そして、Iさんのように現地で協力してくださる人も大切なチームメイトだなぁ。小さなでも、心のこもった活動を皆で時には、揉めながら?😵、「雨降って地固まる」状況を経ながら継続できることをとっても誇りに思う。 この活動は、私にとってかけがえのない宝物。

自称「青空ナース&エプロンナース😄」。看護の道に入り、30年以上が経つけれど、やっと自分らしい看護に出会えた気がする。最新の医療機器は無い、アネロイド気圧計と聴診器、自分の手を使い脈をとり五感と観察力、コミュニケーションなどの道具をいつも使わせて頂いている。だけど、これまでの病院や在宅訪問看護、教員生活で沢山教えて頂いたことが、あればこその今なのだと実感している。ありがたいなぁと思う。 支援する側、される側などの垣根を越えたチームの素晴らしさを体験させて頂いている。困難もあるけど素晴らしい‼️

Iさん、優しくしてくださり、ありがとうございます。これからもよろしくお願い致します😃

あなたも心暖まるVoiceに出会えますように❣️

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🥰

 

〈Voice.82〉『明日まで気持ちが保つかわからない』

私にこのように話してくれたのは、 高校生のAさんだった。受話器の向こうで「繋がるとは、思わなかった」と、言い泣き始めた。泣きじゃくりながら、話そうとするが言葉がなかなか出てこない。私は「ゆっくりでいいですよ。無理に言葉にしようとしなくても大丈夫」と伝えた。暫くの間、号泣し落ち着いたところで、ヒックヒックしながら話し始めた。多量の眠剤を手にしている。一気に飲もうとしたが、出来なかったと言いまた泣き崩れた。内心、緊張と焦りを感じた。これは、悪質な悪戯や芝居ではない。本当の状況だと感じた。張り詰めた空気を感じながら、深呼吸をして、私は「繋がって良かった。ありがとう。落ち着いたら話してほしい」と伝えた。心の中では、「神様、アヴェ・マリア、、」と唱えていた。藁にも縋り付くような思いだった。

Aさんは、不治の病の母親と2人暮らし。ヤングケアラーだ。母親の介護は制度を利用しながらしている。でも、彼には兄弟もなく、全てが彼の肩にのしかかっていた。Aさん自身も不調を抱えていた。終わりのない、先が見えない絶望感の中、自分の将来の不安や絶望について、友人などに話したが、ドン引きされてしまったと。死にたいほど辛いが、母親のことを思うとそれもできず、また死ぬのが怖い。そんな弱い自分も情け無いと。やっとの思いで話してくれた。私は、「Aさんは弱い人ではない、死ぬのは怖いよね。」今日まで踏ん張ってきたことをねぎらった。Aさんは「そうかなぁ。来月までに役所に書類を出さなきゃ」と話した。少し先の未来について語ったことにやや安堵した。側にいたら、ホットココアかホットミルクをお勧めしたいような気持ちになっていた。Aさんは、「今夜はオーバードーズをしなくてすみそうだ」と言ってくれた。だが、泣きそうな声でAさんは、「この気持ちが明日まで保つかわからない、、」と。そうだよなぁと思った。私は、Aさんに「明日のことは、誰もわからないよね。だから、今夜だけでもその気持ちを保てるといいね。明日、辛くなったら、またここでお話をしてほしい。私以外の人でも、貴方の思いをちゃんと聴いてくれる。」と伝えた。Aさんは、「本当にいいの?」と何度か聞いてきた。私はAさんにここに繋がったから、もう1人ではないことを伝えた。Aさんは、繋がって、話せて良かったと言ってくれた。凄く長く感じたし、どっと疲れたなぁ。

誰もAさんの代わりを生きることはできない。なんとも言えない複雑な思いだった。私の傾向は、相手に対して「良い方向に行ってほしい。」などのような思いが強くなりすぎること。その自分の思いが先行して、バリアとなり相手の人が正直な思いを伝えにくい状況を作ってしまうことがよくある。それで、傾聴できない時もあり、後から気づいて後悔したり、がっかり😞したりする。心の中でお詫びをしたりする。 今回、もし「オーバードーズを直ぐに止めなきゃ!」と言う思いに囚われ、焦っていたら、どうなっていただろう?と思うと今でも背筋がゾッとする。ただ、状況によっては直ぐに止めさせるのが必須の場合もある。 「明日のことは、わからない、今夜〜」と伝えることができたのは、かつて私がこのように言われて救われたからだ🍀

人の気持ちや思いも移り変わるものだよね。だから、その時々の気持ち、思いを伝えてほしいなぁ。 あなたは、Aさんのような話しを伝えられたら、ドン引きするかなぁ?それは、それで自然な反応だとも思う。私も内心 ドン引きし、逃げたかった。でも、Aさんの様々な困難から逃げない生き方が、私をその場、空間に止まらせてくれたのだと思う。それは、お互いの相互作用なのかもね🌱

「明日まで気持ちが保つかわからない」 は、人の気持ちの移り変わりを肯定しながら、一瞬一瞬の気持ちの積み重ねの大切さに気づかせてくれる貴重なVoice. 愛情だってそうだよね。『永遠に君だけを愛し続けるー』というような歌があるが、愛せない時だってあるよ😂

あれから、Aさんはどうしているかは 知る術も無い。 Aさん、思いを伝えてくださりありがとうございました。ずっと祈り続けています。

あなたも、あなたのその時の思いを受け止めてくれる人に巡りあえますように。 そう、ホットミルクのように暖かく、優しくね💕

今日も相変わらずでした❗️ 感謝です🌷😊

 

〈Voice.83〉 『祈ることしか出来なかった』

時折、この声に出会う。『祈ることしか出来なかった』と話してくれる人達は、大抵の場合、愛する人、大切な友人、仲間が何か大変な状況いる。その状況の中で、時には側にいたり、共に悩んだり 苦しい思いをしたりしている。そして、 『祈ることしか出来なかった』と言う心の奥には、無力な自分を責めていることが多い。その人の為に祈っているのに、なぜこのように思うのかなぁ🤔

祈りは、形に残るとか、祈れば必ず 解決すると言う明確な保証もない。心の中での祈りは、他者からも見えない。神様もそうだが、人は目に見えない、形にならないものを信じ続けるのは難しい。ましてや、現代は物事がいち早く、可視化できる時代だよね😉だから、見えにくい、形になりにくい状況に確信を保つことが難しいのかなぁ。  祈りは、信仰宗教の有無に関わらず 国、地域に関わらず、年齢、性別、時と場所を問わず、人間である以上、誰でもできることだと思う。人は、自分達の力ではどうにもならないと感じると自然に、無意識に祈っていることもあるよね。そして、祈っている時はその人のこと、その事態のことを思い必死に、一心不乱に祈っているとおもう。その時の心情やエネルギーが数値化できないし、有形化もできない。でも、そんなことお構いなく祈るその心は、一言では表現できないほど尊いものだと感じる❗️深い深い愛情の現れだと思う❗️そう、『祈ることならできる』のだよね。だから、『祈ることしか出来なかった』『祈ることしかできない』と自分を責めないでほしい。むしろ、あなたが抱いている他者への深い愛情と謙虚さを持ち合わせていることに、あなた自身できづいて欲しい。 私は、長いこと祈り続けていることがある。「世の中で、誹謗中傷をしている人、暴力、殺人、戦争をしている人々の心に安寧が訪れ、共に平和のために祈れる日がきますように・・」と。毎日祈っているが、なかなかそうならない。でも 祈り続ける。祈ること、小さな平和の種を蒔くことが、キリスト者である私の生きる道として神様が下さったと。小さな平和の種は、私と関わってくださる人々が少しでもほっこりしてくださること。 微笑みを忘れ無いこと🥰

祈りに関する言葉 「祈りを、肺からでる息、心臓から送り出される血液の様なものだと思えばいい。血液は常に流れている。意識はしないが決して途切れることはない。」

〜F・オズワルド・チェンバーズ〜

「あらゆる時、あらゆる場所が祈りのための時であり、場所なのです」 〜シエナの聖カタリナ〜

 

『祈ることしか出来なかった』は、あなたの深い慈しみと愛情、謙遜に気づかせてくれる意味深いVoice. あなたのことを祈ってくれる人々と出会えますように。互いに祈れますように❣️

プーチンさん、金正恩さん、あなた方の 心に安寧がおとずれ共に平和のために 祈れる日がきますように🌱

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

ssss

 
9月 9, 2026

Voice No.67~74を追加しました

<Voice.57~No.64 20222年1月1日~1月16日>

〈Voice.57〉『開けなさい』

この声は、不思議だった。今朝、初日の出に向かい祈りを捧げていた時に、低い声で囁やくように聞こえた。「あけまして、の挨拶⁉️かな?」、違う気がした。この声の意味を考えながら、缶詰め状態で修論のラストスパート😅 夕方くらいに、ふと「自らを開いていきなさい」という意味かなと思えた。 『色々な方向に、色々な人々に自らを開いていきなさい』と神様が言ってくださっているように感じた。でも、私には 『開けなさい(あけなさい)』と聞こえた。確かに😌これは、きっと「自らを 開け渡しなさい」と言うことかもしれない。なかなか難しいなぁ。ただ、そういう生き方をするように導かれているのかも。欲望や執着にまみれている自分を 開け渡し、惜しみなく開いていくこと。そのように日々、丁寧に修練しながら 生きることで、何か味わい深い心持ちに 出会えるかもしれないなぁ🍀 うんうん、焦らす、ぼちぼち、自分を 開いていこう😊 あなたも、あなたを導いてくれる声に 出会えますように❣️ 皆様、改めまして あけましておめでとうございます㊗️ 本年もVoice 共々宜しくお願い致します 🙇‍♀️ 皆様にとって、素敵な一年になりますように💕

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

 

〈Voice. 58〉『もう、慣れました』

この言葉は時折耳にする。この人は、慣れるまで結構大変だったのかなぁと思う時がある。『もう・・・』と言う言葉が 鍵の様な気がする。例えば、『もう、いいよ』と言う時は、『もう』の中に、『色々あったけどね』『十分だよ』または諦めの気持ちを抱いている場合もある。では、『もう、慣れました』は? きっと、そのことから逃れられない状況、始めての事でやり方も難しく、なんどもやったこと、ひたすら忍耐しなければならない状況などのプロセスを経て 『もう、慣れました』となる気がするなぁ😌だから、『もう、慣れました』は 人間の順応力、適応力、努力、積み重ね、忍耐、などなどの素晴らしい側面を秘めていると思う。 ただ、懸念する部分もある。慣れてしまい当たり前に、または習慣化すると、人間はそれまでのプロセスを忘れたり、 盲目的になることだ。すると、秘めた力や感謝の気持ち、初心を忘れてしまう。あとは、『慣れるのが、望ましくない 状況がある‼️』ことも忘れないでいたい!いじめ、DV等の環境下に置かれている人々のこと。その様な環境に慣れてしまわないとそこでは、生きていけない。そんな環境に慣れなくても良い社会にしていきたいなぁ。 これから先、『もう、慣れました』と言う声に出会ったら、その人の努力、積み重ねなどを労い、その人の秘めた力を共に喜びたいなぁ。そして、初心や感謝の 気持ちを忘れないように、自分に語りかけていきたい😊 『もう、慣れました』はお互いの沢山の秘めた力に気づかせてくれ、初心にたちかえらせてくれるVoiceだな😉 あなたが、自分に対して『もう、慣れた』と思った時は、それまでの自分を認めて労って欲しいなぁ🍵そして、互いの秘めた力に気付き、喜びあえる出会いがありますように。

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

 

〈Voice.59〉『バカァ−、バカァ−』

これは、カラスの鳴き声。『カァ–、カァ–』と鳴くことは、少ない気がするなぁ🤔愛犬の散歩中、洗濯物を干しているなど、よく聞こえる。この鳴き声に馴染んでいる。以前は、この鳴き声を聞くと内心、「どーせ、私はバカァですよ❗️ふん!💢」と思ったり、「カラスにまでバカァと言われて、惨め😥」と自己嫌悪になったり、なんとまぁ、内心色々と忙しかったこと!😁でも、カラスは私の心境など知ったこっちゃ無い。カラスは勝手に鳴いているだけ。聞く側の方で、その時の気分や状況、心境で 受け取りが変わっているだけ😌不思議だなぁ(^^) 最近の私は、この鳴き声を聞くと 「カラスも元気な声だなぁ!うんうん、いいぞ。」となる。そしてある歌を口ずさむ・・・♪「わたし馬鹿よねぇ~ お馬鹿さんよねぇ−♪ 後ろゆーび、後ろ ゆーび サーされてもー♪♯」そして 1人で受けて、ほのぼのしているのだ😙 なんて、天然⁉️😅でも、今の自分のほうがチョッピリ好きだなぁ🥰

そうそう『これでいいのだ!』👏✌️ 折角、色々な声を耳にして感じとるなら、耳触りの良い方に感じたい。 今日も3回、違う時間にこの声を聞いたよ。カラスは寒い中でも、今日も元気! よかよかねー☺️ あなたも耳触りの良い、ほのぼのした Voiceと出会え、心が温まりますように🌺

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

 

〈Voice.60〉『負けて勝つという生き方もあるのよ』

これは、10年前に歳上の女性Kさんが言ってくれた言葉。当時、コミュニティーの中心的な役割を担い、あるプロジェクトを進めていた。メンバーの中に、私が1番嫌いなタイプのご婦人がいた。 ①猫撫で声で話す ②金持ち、社長夫人を鼻にかける ③手はださず、口だけだす ④言いにくいことは、全て夫に代弁させる ⑤手柄は欲しいが、自分では何もしない ⑥自分中心の語りなので、何を言っているのか周囲には伝わらない ⑦肩書きとプライドにこだわる とまぁ、本当に嫌だった。こんなに、列挙して、神様ごめんなさい🙏本当にこの様な人だった。私と意見が合わないと 「お宅のご主人は、どうなのかしら〜?」と。夫は、直接関係ないのに! ある時、私が悪くないのにその人に謝らないと事が進まない状況にたった。🤣 胃がキリキリ、謝りたく無いし、謝る必要もない。まして、嫌いな相手で、尚更だった。しかも、その人は完成に被害者意識満々❗️ 私の心は「筋がちがう!道理がちがう!」などの思いで溢れていた。でも、謝った方がいいんだよなぁ。と葛藤の渦🌀。

そんな時、いつも冷静な歳上の女性が、「負けて勝つ生き方も あるのよ。謝っても大丈夫、皆、平さんのことわかっているから」と、私に言ってくれた。「カッコいいー!そうか、そういう生き方があるんだぁ!」とモヤモヤしていた霧が一気に晴れるような心境になったのを今でも覚えている。謝ることができた。悔しさよりも、そう出来たことに、清々しさを感じた。ありがたかった❗️このことは、その後の私の生き方を強く後押ししてくれた。

それからの私は、違う場面でも嫌われ役、鬼役もあまり厭わなく引き受けられる様になった。「四十にして惑わず」と言う生き方を教えてくれた。といいながらも 惑っているけどね😄 あれから、10年以上を経て今は①から⑦のタイプの女性と出会っても、余り嫌気は感じない。個性だと思う。そして、この①〜⑦は、私に無いものばかり。男性に甘えられるその人が少し羨ましいと思っていたのかも。そういう人には、 「貴女から伝えて、私より、いいかも」と関われるようになっている。少し、成長したかなぁ。そして、今は他者にたいして「勝ち負け」の意識は殆ど無い😊 結局、勝ち負けの相手は己自身だと色々な人々や書物、体験から教えて頂いた。 だから、闘いを挑むのは、自分自身に対してなのだ。 今はKさんとそのご婦人に感謝している。「負けて勝つ」は私の視界を切り開いてくれた力強いVoice💪

あなたも視界を開かせてくれるようなVoiceと出会えますように😊 今日は雪が降りました。皆様、色々と お気をつけてくださいね☃️

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

 

〈Voice. 61〉 『頑固な汚れみたいなやつ』

これは、若い頃にある人から言われ こと。当時、同世代の男女仲間でよく 連んでいた。仕事の話し、趣味、等の話をよくした。仲間の男女は、私を除いて、カップルだった!何故かそこに 私も自然に加わっていた。お互いの愚痴を其々聞いたこともあったなぁ。懐かしの遅めの青春時代😅 男子連中は、異口同音にして、私に 『お前とは、気楽にいれて、話せていいよ。なんせ、女に気遣うのも疲れるぜ』 みたいな?ことを良く言っていた。 『まてまて!私も、いちおーう女だけどさぁー🤣』と返すと即答で『無理すんなよー。いーって、無理に女と思わなくて。俺ら、そう見てねぇーから😁』と。なんとまぁ、失礼な❗️仲間の女子も賛同している。そう、当時から『中性的だよな。気を使わなくていいよな』と 言われていた。心の中では、『もう少し、気遣ってよー』と思うこともあったなぁ。そして、自分がどんな存在なのか 気になり、聞いた。すると、1人の男子が『お前か?そうだなぁ。頑固な汚れみたいな奴だな』と。耳👂を疑った。私が『頑固な汚れって❓どーゆーこと』 すると、他の仲間も『わかる!』となんとまぁ、意気投合していた。 『お前と関わったやつは、お前の事、 絶対忘れない!記憶にこびりついて、 そう、頑固な汚れみたいに』と言われた。当時は、ややショックで少し凹んだのを覚えている。それからTVのCMで 「頑固な汚れにザブが効く♪」と言うのを見るたびに、心の中で「私にはザブは効かないの」と呟いていたなぁ。 あれから、約25年以上が経つ。仲間も 其々家庭をもち、沙汰無し。仲間は私に 言ったことなど、忘却の彼方だろう😅 私は、折にふれてこのことを思いだしていた。 最近、この『頑固な汚れみたいな、』を 思い出すと、嫌な気持ちがしない。不思議だなぁ。何となく私の存在を肯定して くれているように感じる。我が家の中の頑固な汚れを見るたびに、「私みたい、こびりついてる」と思い、プフッと吹き出す😆「頑固な汚れ、なかなか良いじゃん❗️」と思えるのだ😙親しみを感じる。変かなぁ。でも、確かに、私の存在は否定されていなかった!と思える。

皆様、私は灰汁が強く、頑固な汚れみたいな人ですよー。きっと😃。子どもの頃からスカートを履いていても 「ぼくー」と呼ばれていたのを覚えている。中性的、OK🙆‍♀️、中性洗剤は、頑固な汚れに効くかなぁ⁉️✌️

あなたも、あなたの存在を肯定してくれる仲間に出会えますように😌 でも、頑固な汚れでなくてもいいよね!

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

 

〈Voice.62〉 『私達には、人を傷つける権利は無いのですよ』

数年前、傾聴のスーパーバイザーから 言われたこと。「ハッ」とし、私の心に 刻まれた。私が傾聴した時に、相手から 急に怒鳴られ、ずっと罵倒され続けた。 その時間は、約50分位だったと思う。 相手のAさんは、兎に角、マシンガンのように怒鳴り続けていた。相槌を返す隙も無かった。「何黙ってんのよ」から 「その返事は何💢」と、そして、わたしを貶し続けた。どうやって話を終えたかは記憶にない。何故、こんなに罵倒されなければならないのか!私が何をしたのか?しかも、初めて会った私に。結局怒りの矛先は、私以外に無かったことを 後から気づいた。私はAさんに100倍返しをしたいくらいの心境で、その感情を 抑えるのが、精一杯だったなぁ😌その思いをスーパーバイザーに打ち明けたら 『私達は、人を傷つける権利は無いのですよ』と指導を頂いた。確かに。自分が傷つけられたからと言って、その相手を傷つけて良いことは無い。でも、その時の私は、内心「道理は、分かった。じゃあ、私の傷は?どう癒すの?」と言うやり切れなさと腹立たしさが残った。それから、色々と考えて、自分が傷ついたり、不快に感じた時は、冷静に「あなたの言い方は、きついです。そんなに怒鳴られたらお話しは聴けません」と伝えるようにしている。人間対人間なのだから、そう伝えでも良いと思う。これは、ナースと患者、教員と学生間でも同じだと考えるようになった。生きている限り、自分が相手を傷つけないと言う保証はない。故意に傷つけるのは、良くないが知らないうち、気づかないうちに相手を傷つけることはある。それは、人との関わりで認識しておく大切な前提だと思うよ。一方が、我慢し続けることではないよなぁ。

では、自分が傷ついたらどうする? まずは、傷ついたことを認めて、 ヘルプや癒しが必要で求めて良いと認識すること。状況によっては、自分が傷ついたことを認めるのは、とても辛く、エネルギーのいること。だから、人はその傷を感じないようになったり、回避する 自己防衛が働く場合が多い。衝撃が強い時は健忘となることもある。それを放置すると悪夢やフラッシュバックという形で現れることもある。そうなると、辛さや大変さが増す。だから、早めに癒すことが大切かなぁ。心の傷を癒すには、まずその傷ついた自分を認めることが出発点だとおもう。認める段階で大変な場合は、その時点からヘルプを求めていい。ヘルプや癒しを求める時に傷の詳細を無理に話す必要はないと思うし、求められる側も無理に聞き出す必要は無いよね。「今、傷ついて悲しい、辛いの」と。「伝えてくれて、良かった。そうなんだね」と、沈黙があってもいい、優しく温かいブランケットのように 包んで欲しいなぁ。 自分が人を傷つけたことに気づいたら 素直に謝り、心の中でも手を合わせていきたい。

もし、あなたが傷ついたら、自分を卑下せずにあなたに相応しいヘルプと癒しを 求めていいんだよ。 もし、あなたが誰かを傷つけたとしたら 自分を責め過ぎずに、心から謝り、日々手を合わせていけばいいんだよ。赦される否かに拘らないでね。「赦して欲しい」に固執すると、自分のその思いが優先し、相手の思いに心が向かなくなるから、本末転倒になることがあるよ。赦しされるかは、相手の問題で未知のことだから。人は、互いに「癒し、癒される存在」であると同時に「傷つけ、傷つけられる存在」でもあるよね。コインの裏表のようだよね☺️。

Aさん、あなたから受けた傷は、まだ癒えていません。でも考える材料を沢山頂きましたね。あなたの怒り、憎しみ、不満が少しでも癒えて、心に安寧が訪れますように🙏

 

あなたに「癒し、癒される存在」となる 関わりの輪が増えますように❣️

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

 

〈Voice.63〉 『私的には、頑張った』『うちら、頑張ったよね』

これは、専門学校の専任教員をしていた時に、学生さんがよく言っていたこと。その頃、世間では「only one」捉え方が普及していた。SMAPの「世界でたったひとつの花」が大人気。いいことだなぁと思っていた。でも、当時の私は「自分が頑張ったか否は、他者が評価し、感じること!」と確信していた。『私的に頑張った』と手前味噌で課題を提出し、その内容は、課題達成目標にほど遠く、評価のしようが無いものだと感じていた。 インターネットで調べて、そのままコピー、貼り付けて提出。なので、提出した学生さんは、殆ど内容を理解していない。そんな事が多々あった。私は「あなたが頑張ったかどうかは、あなたが決めることではないのね。内容を理解してない、コピペだけでは、学習したうちにはいらない、再提出です!」と返していた。そうすると、大抵の学生さんは、ほっぺを膨らまし、ブスッとして「えっー😠」と言う反応。当時の私は、「そのまま、患者さんの前に立つのはもってのほかだ」と思っていた😌何とまぁ、お堅い、高慢な姿だったこと!それから、 まぁ10年後位からは、『私的に頑張った』『うちら、頑張っている』と言われると、嬉しくなり、『あらっ、嬉しい。 どう頑張ったのか教えて❣️もっとアピールしてして❣️』となって、今に至る。不思議、今の対応の方が、学生さんが主体的に学習してくる。『この部分についてもう少し、調べられる?』と伝えると調べてくる。そして、ぼちぼち、点と点の知識が繋がり始め、中には、水を得た魚🐟のようになる学生さんもいる。更に、学習が楽しそうでつい、『ねっ、勉強は楽しいでしょう〜♪」と言ってしまう。すると、学生さんは、「平せんせーいが何気に1番楽しそう😄と言われる。「ハイッ!そうです!私が楽しませて貰ってます❣️」と心の中でつぶやいて幸せ気分😊。

確かに、社会生活においては、他者からの評価が優先になることが多い。仕事や 生活に責任を持つ上では、大切なことだと思う。 同時に、やはり先ずは「頑張った」と伝えられたら、一旦それをちゃんと受け止めて、頑張った内容を具体的に聞くことだなぁと学んだよ✌️そうすると、ただ ネットのコピペだけではない、その学生さんなりに、情報の取捨選択に迷いながら、考えながらやっていることや、他のことまでわかる。

その人なりの頑張りを認め、受け止める ことは、その人の水面下の努力や潜在能力、やる気の扉を開くのだなぁ😊 学生さん、大切なことに気づかせてくださり、ありがとう😊 今日、修士論文を提出できた。沢山の人々、書物、教えに導いて頂き、支えて頂きながら書き上げられた。4年間もかかった。感謝の思いで一杯!ありがとうございます! 55歳の私、色々ありながら、歩めたことが嬉しく感謝!そう、皆さま、それこそ「私的に頑張りました‼️」 これから、審査、口頭試問などがあるので、私的に頑張ります👍😂

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

 

〈Voice.64〉 『保険証持って行ってこい!』

義母がアルツハイマーの確定診断を得る為に、病院で MRI検査結果説明を受け なければならなかった。義母は、日毎に頑固さが増していた。徘徊はするが、 必要な外出は頑固として「行かないよ!」と言い、動かない。病院に行く朝も絶対に動かない、行かないと確信していた。そこで、当時の朝、「息子が具合悪いから、病院に一緒に行って」という 方法で誘導する事にした。息子が「母さん、腹が痛いから病院に行ってよ」と言った。義母の対応は、険しい表情で「保険証を持って自分で行ってこい❗️」と🤣息子が何度お願いしても、回答は変わらず。別室に行き、夫(息子)に「芝居が足りない。腹痛で転げ回るようにして」と伝えた。息子は、再度「母さん・・いててて」と決して、上手く無い芝居を頑張った。義母は、「何言ってんだ💢自分で行ってこい❗️」と。その対応を観て、私が怒りモードに。 血管がブチッと切れたような感じになり 爆発💥した。「お母様さん!何言ってんですか!息子が具合悪いのに! 平家の一大事ですよ💢」みたいになった。すると義母は、急にサッと立ち上がり、「保険証、持ったか!行くよ!」と 上着を着はじめた❗️既に全て車に入れてあった✌️義母の気が変わらぬうちに、車🚗へ誘導、その時の義母は何とも言えない複雑な悲しげな表情だった。今でもその表情は鮮明に覚えている。そして、車に乗り、いざ病院へ🏥。

運転したのは、腹痛で転げ回ったあの 息子だった😁でも、義母は気づかないようだった。診察室に入り、医師に 「調子はいかがですか?」義母「健康です」(にこやかに) 医師「今朝は、何をたべましたか?」 義母「ご飯🍚です」 医師「おかずは何を食べましたか」 義母「ご飯です(^^)」。

MRIの画像を見た。愕然とした脳実質のシワが殆ど無かった。義母はまだ68歳。「この、脳で生きてきたんた!」と 心の中で叫んでいた。義母の全ての言動の意味が腑に落ちた。きっと、発症は50代からだろう。様々な不安や生きづらさがあったのだろうなあと想像を巡らした。ボットをガス台に乗せて、火をつけたり、家にいても「帰る」とウロついたり、被害妄想が出て、トイレや風呂から飛び出てきたり。急に、義母が愛おしくなった。この状態でも、医師の前では体裁を保っている。健気だと。そして、私は情動に訴えることも、必要だと痛感した。義母が立ち上がったのは、義母の 情動が動いたためかなぁと。夫は、この時のことを殆ど覚えていないそうだ。 無理も無いと思う。芝居とはいえ、体調が悪いときに、母親から冷たい対応されたのだ。そして、自分の母親が壊れて行く姿を目の当たりにしなければならない厳しい現実だったと思う。だから、無理に思いださなくてもいいと思うので、 夫婦の会話には、この件は登場しない。 ただ、私にとっては、この場面は人生の中で最大で最高のコント☺️そして、保険証を見るたびに👀、病院に行く旅に「保険証、持ったか!」と義母の声が脳裏を過ぎる😉義母が見守ってくれているようだ。

お義母さん、車を運転していたのは、腹痛で転げ回った貴女の息子でした😆 嘘の芝居をしてごめんなさい🙏 その後の私のナースとして、人として 生きる上での道標と示唆を沢山残してくれた、最大で最高のコントであり、お義母さんの置き土産を大切にしていきます🎁いつまでも、見守っていてくださいね。

あなたの人生にも、最高のコント場面で 豊かな彩りが添えられますように🌈

今日も相変わらずでした‼️ 感謝です🤗

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9月 9, 2026

ケアルーム便りを追加しました

🍊ケアルーム便りNo. 144🍎
🍬お知らせ編🍭
 台風、線状降水帯、洪水、地震など日本を含め、世界各国で災害が多発しており、胸が痛む日々です。被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。

「ケアする人のためのケアを考える集い」の初の対面開催のお知らせです!「ケアする人のためのケア研究室」を開設し、毎月、集いを開催してお陰様で4年が経ちました。オンライン上で皆様とかけがえのない時間を過ごさせていただき、心から感謝しております。いつも、ありがとうございます。ついに、対面開催の念願が叶い、10月に開催できる運びとなりましたので、お知らせさせて頂きます。日時は10月17日(土)13:30からとなります。詳細は、案内ポスターでご確認くださいますようお願いいたします。

※今月の集いは9/19(土)20時~、別途ご案内いたします。
今月のオンライン開催、10月の対面開催も皆様のご参加を心よりお待ち申し上げます。

~ケアする人のためのケア研究室~

、「<ケアする人のためのケアを考える集い>対面 のためのケアを考える集いン対画開催のお知らせ 蜗製 開催概要 日時: 2026年10月17日 (土) 13: 13:30~ 30~ (※開場13 00) 場所: 野村不動産新宿南口ビル (旧NMF南ロビル) セミナールームB 渋谷区代々木2-4-9 参加費 1,000円 参加費:1,000円 EI 定員: 定員:15名(先着順) 15名 (先着順) どなたでもご参加できます (ケアの経験は不問) プログラム内容 第1部: 主催者からのお話 ②第2部:日頃のケアの経験(悩みなどを分かち合います。 第2部: 日頃のケアの経験、 悩みなどを分かち合います。 連絡先 お申し込み・お問い合わせ お申し込み・ お問い合わせ 1 E-mail: -mail:keijunn0316@gmail.com 2 2LINEまたはMessenger お願い 会場内で飲食は可能です。 ゴミは各自でお持ち帰りください。 分かち合いの内容は口外されないようお願いいたします。」というテキストの画像のようです

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